「ここまで頑張ったんだから、今さらやめられない。」
人はこの感情にとても弱い。
経済学ではこれを**サンクコスト(埋没費用)**と呼ぶそうだ。
すでに支払ってしまい、もう取り戻すことができない時間やお金、努力のことだ。
本来は「これからどうするか」を考える時に、過去に使ったコストは関係ないはずなのに、人はどうしてもそれに引きずられてしまう。
今日は、自分の実体験からこの話を書いてみたい。
10年以上、同じ資格を受け続ける先輩の話
私の知り合いに、ある難関資格を10年以上受け続けている先輩がいる。
その資格に人生をかけていて、
生活はアルバイトでつなぎながら、勉強を続けている。
まだ合格はしていない。
それでも本人は言う。
「合格するまで受け続ける」
気持ちは分かる。
ここまで費やしてきた時間、努力、そして人生。
途中でやめてしまったら、
それまでのすべてが無駄になってしまう気がするからだ。
それに「諦めなければ失敗ではない」という言葉もよく聞く。
これはある意味で間違ってはいないと思うが、時と場合にもよると思ってる。
上記は、まさにサンクコストの典型例だと思う。
金融の世界で出会った素敵な先輩の話
昔、金融の仕事をしていた時のこと。
その世界では有名な、いわばスーパースターのような先輩がいた。
あるとき雑談の中で、こんな話を聞いた。
その人も昔、ある難関資格を目指していたらしい。
大学卒業後も3年くらいも勉強を続けて、必死に努力して、
それでもどうしても受からなかった。
そして、ある時こう思ったそうだ。
「自分には、ここまで才能がないのか…」
かなり悔しかったと思う。
それまでの努力がすべて否定されたような気持ちだったはずだ。
でも、その先輩は思い切ってまったく違う道に進んだ。
それまで、人生の全てをその資格に賭けていたので
別にやりたい事なんて考えられなかったそうだ。
そんな時、たまたま知り合いの紹介で金融の世界に足を踏み入れる事になる。
特にやりたかったわけでも、興味が持てたわけでもなかったそう。
ただ、知り合いに声を掛けられただけ。
そんな話だった。
するとどうなったか。
その分野では驚くほど適性があったらしい。
本人いわく、
「特に何をしたわけでもないけど、思ったより簡単にトップになれた」
その時に言われた言葉
その先輩は、こんな言葉をかけてくれた。
donguriも、向いてないなら向いてないでいいんだよ。
それが分かったなら、それは収穫じゃないか。
この言葉は、今でも強く印象に残っている。
自分もかつて、睡眠時間を無理に削ったり自分のやりたい事を全て捨てて
その仕事の為に勉強をしていた。
自分で言うのもおかしな話だが、
当時の自分と同じくらい、その仕事の為に努力ができる人は少数派だと思う。
それでも私の場合は結果を出す事ができなかった。
単純に頑張ればよい、努力すればよいという話ではなかった。
自分には先輩のような華々しい結果を出す事は無理だった。
同じ人間なのに、どうしてここまで結果に差が生まれるのか不思議で仕方なかった。
自分では努力したつもりだったが、結果はでない。
でも、どう努力すれば結果が出るかなんて、知っている人はいないのだ。
人はどうしても
- ここまで頑張ったから
- 何年も費やしたから
- 今さらやめたらもったいない
と考えてしまう。
でも本当に大事なのは、
これからの残された時間をどこに使うか
なのかもしれない。
戦国武将に見る「サンクコスト」
このサンクコストの考え方は、実は歴史にも似た話がある。
戦国時代の偉大なる武将、
徳川家康。
家康は、戦国時代の中で言うまでもなく何度も戦を経験している。
しかし彼は、武将として常に圧倒的な強さを誇っていたわけではない。
むしろ、
- 自分より優れた武将
- 圧倒的に不利な戦況
に直面することも多かったそうだ。
そして実際、敗北した戦も何度もある。
それでも家康には一つの特徴があったと言われている。
「戦で負けたとしても、自分は最後まで生き延びること」
負けそうだと判断したとき、
彼は無理に戦い続けなかった。
普通なら、
- ここまで兵を動員した
- ここまで兵士が戦ってくれた
- ここまでお金を使った
という理由で、戦を続けてしまうかもしれない。
つまり、
これまでの損失を無駄にしたくない
という心理だ。
しかし家康は、そういう判断をしなかったと言われている。
1573年の三方ヶ原の戦いでは、歴史的名武将である武田信玄を相手に大敗を喫した。
家康は、夏目吉信、鳥居忠広、成瀬正義などの重臣を失い軍は壊滅的な状態だった。
浜松城まで敗走する時に、あまりの恐怖で脱糞したというエピソードが今も語り継がれるほどだ。
人的損失、経済的損失、
これまで投じた資源。
それらに引きずられず、
とにかく自分だけは生き残ることを最優先した。
結果としてどうなったか。
戦国時代の数多くの英雄たちが
戦場で命を落としていった中で、
最後に天下を取ったのは
徳川家康だった。
努力は無意味ではない
誤解してほしくないのは、
個人的な意見として挑戦や努力そのものは決して無意味ではないということだ。
ただ、
「その道で成功するかどうか」
と
「その努力に意味があるか」
は別の話だと思う。
ある分野では全く芽が出なくても、
別の場所では驚くほど才能が開花することがある。
少なからず適性が結果を左右する要因であるということは事実だと思う。
だが、努力はゲームの参加費用みたいな側面もあって
仮に意味がなかったとしても、最低限の努力はゲームに参加するコストとして支払う必要がある。
そのゲームで結果が出るか出ないかは、また別の話だ。
サンクコストの怖さ
サンクコストが怖いのは、
合理的な判断を鈍らせることだ。
- 10年勉強したからやめられない
- 100万円使ったからやめられない
- ここまで来たから引き返せない
でも冷静に考えれば、
その時間やお金は
もう絶対に戻ってはこない
だから本来は、未来の意思決定に関係ないはずなのだ。
「向いていない」が分かるのも価値
先輩の言葉を、今でも時々思い出す。
「向いてないなら向いてないで、それが分かったなら収穫」
これはすごく本質的な言葉だと思う。
なぜなら、
向いていない道を早く知ることは、
向いている道を見つけることに繋がるから。
人生の時間は有限だ。
だからこそ、
サンクコストに縛られすぎないことも
大切なのかもしれない。
最後に
もし今、
「ここまでやったからやめられない」
そう思っていることがあるなら、
一度だけ冷静に考えてみてもいいかもしれない。
それは本当に、
これからも続ける価値があるのか。
それとも、
サンクコストに縛られているだけなのか。
もし後者なら、
方向転換することは、ミクロな視点でそこだけ見れば負けかも知れないが
決してゲームオーバーってわけではない。
ゲームは、その先もまだまだ続いている場合が多い。
むしろ、
次の可能性を見つけるための一歩
なのかもしれない。